2011年03月13日

自然と人

これまでに体験したことのない地震が起こってしまった。
この数日は、メディアを通して目に飛び込む現状がただ頭をすぎるばかりである。
被災された方々には心からお見舞い申し上げたい。

建築に携わるものとして、何とも言いようのない、無力感を感じている。
何百年もかけてつくり上げられてきた街そのものが自然によって破壊されてしまった。
木造のみならず、現代の技術でつくり上げられてきた鉄やコンクリートの建築までが、今回は破壊されてしまった。道路や橋などの土木建造物までも破壊されている。
これからの建築のあり方もさることながら、街のデザインも今後大きく変わることが容易に想像できる。私自身も仕事の手が止まってしまった。

「想像をはるかに超える、、、」と皆が口をそろえて言っている。確かにそれを理解できる部分もあるけれど、原子力発電所の事故については、腹立たしくてしょうがない。もともと不可能をごまかして可能にしているのが原発である気がするからだ。安全装置は、安全装置でしかなく、すべてが破壊されることをもとから想定していない種のものであるからだ。もともと存在の不可能なものでしかない。まったく不自然なものである。

自然と人の関係をもう一度考えなければならないように思う。

人は自然の中に暮らしている。

自然に逆らわない、自然といっしの暮らしを守りたい。

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posted by tamao at 16:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | ひとりごと/Voice
この記事へのコメント
原発事故について同感です。目先の利益にとらわれた人間から起こされた人災、、、。この先どこまで被害が拡大するのか。何も知らないこども達のことを思うと不安と怒り、くやしさを感じています。
原発の危険性について訴えてこられた広瀬隆氏へのインタビューです。長いですが聞いていると報道に対して感じる疑問、不明点が明確になり、あっという間でした。
http://www.videonews.com/interviews/001999/001771.php
現場で実際に技術者として働いていた方のメッセージ
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html#page1

国内需要のたかだか3割を賄うにすぎない原子力によって、どれだけの命が過去、現在、未来も危険にさらされているか。一部の人間、企業の利益目的による情報操作
によって、恐ろしい現実をどれだけの人が理解しているでしょうか。
Posted by 鳥毛こずえ at 2011年03月26日 10:46
本文にもある通り、手と頭が一瞬止まってしまいました。関西や能登の地震で建築をつくる側の責任の重さを感じていましが、今回の震災は、以前、ニューヨークのテロの時に感じた絶望感が伴っています。建築も芸術の一部だと思っているところがあって、芸術/artの役割、もしくは目標とすることは、Love&Peaceにあるはずで、長い間つくり上げられてきたこの世界が人の手によっていとも簡単に破壊されてしまうと、特に芸術の分野に関わる私たちはいったいこれまで何をやってきたのだろうかと、、、。今回の震災は、確かに自然に起因していますが、案内のサイトにもあるように、本当に原発をごまかして作ってきた人の人災と言えると思っています。建築はもちろん本当の意味で安全に作られる必要はあります。しかしこれからは、やはり皆が力を併せて、真にLove&Peaceな世界に向かって進んでいかなければならないと感じます。
Posted by tamao at 2011年03月28日 19:08
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